「生き物探訪」カテゴリーの過去記事に、「インドライオンのいる動物園」があります。
インドライオンを飼育・公開している動物園は、とうとうよこはま動物園ズーラシアのみになってしまいました。実はこのインドライオンが、唐獅子のモチーフであるとのことです。
今回の「生き物にまつわる言葉を深掘り」のテーマは、「獅子」です。
「獅子」の意味や語源、用例などを深掘りリサーチし、以下の目次に沿ってレポートしていきます。
獅子とは?
獅子(しし)は、主に以下の3つの意味があります。
<「獅子」の意味>
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ライオン
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中国・日本に伝わる架空の霊獣(=唐獅子)
-
「日本古来の『シシ』:鹿や猪の総称」にあてられた「獅子」
では、順を追って、深掘りリサーチ結果を以下にまとめます。
1. ライオン
古来、百獣の王とされる「ライオン」。「獅子」という言葉は、現代では、ライオンを指す言葉として一般的に使われています。
ライオンについては、「ライオンのいる動物園」「インドライオンのいる動物園」「バーバリライオンのいる動物園」「ホワイトライオンンのいる動物園」などでそれぞれ解説していますので、以下のリンク先を参照ください。
ここでは、ライオンの特徴4点を箇条書きするのとどめます。
<ライオンとは?ライオンの特徴>
- ネコ科ヒョウ属に分類される大型のネコ目食肉類
- オスは体長2.5m、体重250kgを超えることもある
- アフリカ大陸のサブサハラ地域とインドのギル国立公園に生息
- 百獣の王と呼ばれ、古くから力や権威の象徴とされてきた
<ライオンに関する内部リンク>
2. 中国・日本に伝わる架空の霊獣(=唐獅子)
唐獅子とは、中国、日本に伝わる神獣です。もとは仏陀の一族を守護するインドライオンがモチーフであり、中国に伝わるにつれて美術的、装飾的に図案化されていったものです。
古来、獅子は百獣の王、瑞獣と考えられ、美術品の意匠として巻毛のたてがみを蓄えた勇壮な姿で描かれてきました。日本では、神社仏閣の狛犬や、刀装金具、欄干、彫刻など様々な場所で唐獅子の姿を見ることができます。
唐獅子の特徴は以下の通りです。
- 勇猛な姿:力強い体躯と鋭い眼光を持つ。
- 長いたてがみ:たてがみは風に逆らって力強く描かれることが多い。
- 様々な表現:立ち姿、座り姿、毬(まり)を抱えた姿など、様々な表現がある。
- 牡丹との組み合わせ:唐獅子は牡丹の花と一緒に描かれることが多く、これは「獅子身中の虫」という伝説に基づいている。
唐獅子は、魔除けや防火の力があるとされ、古くから人々に親しまれてきた。現在でも、日本各地の神社仏閣や伝統工芸品などで見ることができ、日本の文化において重要な役割を担っています。
獅子の語源
獅子の語源については、いくつか説がありますが、主なものとして以下のものが挙げられます。
- サンスクリット語の「Shimha(シムハ)」説: これはもっとも一般的な説で、インドの言葉であるサンスクリット語の「ライオン」を意味する言葉が起源であるというものです。仏教の伝来とともに、この言葉が中国に伝わり、「獅子」という字があてられたと考えられています。
- 中国語の「獅」の字の成り立ち: 中国語の「獅」の字は、犭(けものへん)に「師」という字を組み合わせたものです。「師」には「あらゆる全ての獣」という意味があり、百獣の王であるライオンを表すのにふさわしい字として選ばれたと考えられています。
- インドの大きな犬との混同説: 中国には元々ライオンはいませんでしたが、インドから大きな犬が伝わった際、それをライオンと誤解し、「獅子」と呼ぶようになったという説もあります。
これらの説を総合すると、獅子の語源は、インドのライオンを指す言葉が中国に伝わり、それが中国語の「獅子」という字に定着したということが考えられます。
唐獅子が冠される言葉
「唐獅子」が冠される言葉の代表的なものを以下に挙げます。
- 唐獅子牡丹:唐獅子が牡丹の花と一緒に描かれたもの。
- 唐獅子鏡:唐獅子の形をした鏡。
- 唐獅子香炉:唐獅子の形をした香炉。
- 唐獅子瓦:唐獅子の形をした瓦。
- 唐獅子欄干:唐獅子の形をした欄干。
唐獅子が登場する作品・芸能
唐獅子は、古くから様々な作品に登場してきました。代表的なものを以下に挙げます。
- 絵画:狩野永徳「唐獅子図屏風」、伊藤若冲の「動植綵色画」など。
- 彫刻:日光東照宮の陽明門、清水寺仁王門の前など。
- 工芸品:刀装金具、蒔絵、七宝など。
- 芸能:獅子舞
獅子舞は、木製の獅子の頭部を模した獅子頭をかぶって舞う民俗芸能。大陸から伝わった伎楽系の二人立ちのものと、日本に古くからある風流 (ふりゅう) 系の一人立ちのものとがある。
信仰的には五穀豊穣・悪魔祓 (あくまばら) い・雨乞 (あまご) いなどを目的とに舞われる
唐獅子と狛犬の違い
神社や寺院の入り口などで見かける狛犬と唐獅子。実は起源や意味合い、外見などに違いがあります。
中国から渡ってきた(唐)獅子と日本で発達した狛犬は、それぞれ別々の空想上の生き物です。狛犬は日本で誕生・進化した霊獣で、中国に狛犬は存在しません
唐獅子は、狛犬よりも古い時代に日本に伝わったと考えられています。
この二つの像は、それぞれ対になって置かれる際に、片方が口を開け、もう片方が口を閉じている姿を見かけることがあります。この口を開けた状態を「阿(あ)」、口を閉じた状態を「吽(うん)」と呼び、この組み合わせが「阿吽の呼吸」という言葉の由来となっています。
現代では、唐獅子と狛犬をまとめて「狛犬」と呼ぶことも多くなっています。
<起源・意味合い>
- 唐獅子:中国から伝来した獅子をモデルにしたもので、狛犬と対になって置かれることが多いです。古くは「唐犬」とも呼ばれていた。魔除けや防火の力があるとされ、主に神社の守護獣として置かれる。
- 狛犬:日本古来から伝わる神獣。日本独自の霊獣で、魔除けや厄除けの役割を担っています。朝鮮半島を経由して中国の獅子(唐獅子)と融合したと考えられています。阿吽(あうん)の呼吸で邪気を祓い、仏法を守護するとされ、主に仏教寺院の守護獣として置かれる。
<外見>
狛犬と唐獅子の見分け方は、一概にこうとは言えないのが現状です。口の開き方や角の有無が一般的な見分け方ですが、時代や地域によって例外も多いため、複数の要素を総合的に判断する必要があります。
- 一般的な見分け方
- 口の開き方:
- 唐獅子:口を開けている(=阿: 宇宙の始まり、すべてのものの始まり)ことが多いです。
- 狛犬:口を閉じている(=吽: 宇宙の終わり、すべてのものの終わり)ことが多いです。
- 角:
- 唐獅子:角がないことが多いです。
- 狛犬:角があることが多いです。
- 口の開き方:
鎌倉時代以降は、簡素化が進み、角がない狛犬や口を閉じた唐獅子も現れました。また、地域によっては、独自のスタイルを持つ狛犬や唐獅子も存在するため、口の開き方と角の有無だけでは必ずしも区別できない場合があります。
- より詳しく見分けるポイント
- 体格:唐獅子は、狛犬に比べて体ががっしりしており、筋肉質な印象です。
- しっぽ;唐獅子のしっぽは、先端が丸みを帯びていることが多いです。
- 顔:唐獅子の顔は、ライオンをモデルにしており、たてがみがあったり、口角が上を向いていたりすることがあります。
3.「日本古来の『シシ』:鹿や猪の総称」にあてられた「獅子」
古来日本では、「シシ」という言葉は、ライオンではなく、鹿や猪などの大型の獣を指す言葉として使われていました。これは、ライオンが日本に伝来する以前から使われていた言葉であるためです。シシということばには、「猪」・「鹿」・「宍」・「肉」などの漢字があてられていました。
『日本国語大辞典』によると「シシ」とは「人体の肉や、食用とする猪や鹿などの肉をいう。」、「けもの。特に、猪や鹿をいう。けだもの。」とされています。
「宍」は食される動物の肉のことであり、「肉」は食される肉そのものを意味します。「猪」、「鹿」は「イノシシ」、「カノシシ」であり、原初的には「イ」、「カ」であったものに「シシ」が付随して成立した呼び方なのです。
日本古来から伝わる猪や鹿を指す言葉(日本語では本来、イノシシ(猪)・カノシシ(鹿))としてのシシでしたが、後に、中国から伝わった唐獅子も含むようになりました。
日本では、7世紀頃には朝鮮半島経由で獅子信仰が伝わっていたと考えられています。
つまり、日本においては、(唐)獅子はシシのうちの一つという位置づけなのです。
東日本以北にみられる腹に付けた太鼓を打ちながら舞う一人立ちのシシ舞は「獅子踊」「鹿踊」ともいわれ、鹿の意味で「獅子」という漢字があてられ、山形県東根市長瀞の一人立ちの獅子踊り(長瀞猪子踊り)ように獅子頭のモデルが猪という事例もあります。
現代では、「獅子」という言葉は、ライオンを指す言葉として一般的に使われています。しかし、鹿や猪を指す「獅子」という言葉も、伝統芸能や文学作品などで使われることがあるのです。
(参考情報)
◆日本におけるシシ観の変遷 ―獣・猪・鹿・宍・肉― 大本敬久 (愛媛県歴史文化博物館)
http://shishigaki.html.xdomain.jp/summit/8th/repo/8threpo5.pdf
アニメ「もののけ姫」のシシ神(ディダラボッチ)
宮崎駿監督作品のアニメ「ものの姫」には、シシ神という重要なキャラクターが登場します。宮崎駿監督がイメージボードに表したのは「鹿神(ししがみ)」だったとのこと。
「シシ」という言葉は、シカやイノシシなど、獣全般を指す言葉として使われていましたし、獣は力強さや勇猛さの象徴としてシシボルとして捉えられていました。こういったことが背景となって「シシ神」「鹿神」が命名されたのでは?と推察されます。
シシ神(ディダラボッチ)についての詳細は、Wikipediaを引用します。
シシ神(ディダラボッチ)
生命の授与と奪取を行う森の神。イメージボードでは鹿神(ししがみ)。夜に命を奪ったり、命を与えたりしている。夜そのもので、神の中では下級に位置する。新月の時に生まれ、月の満ち欠けと共に誕生と死を繰り返す。その首に不老不死の力があると信じられている。
昼の姿は、枝分かれした樹木の角が無数に頭頂部から生えた、猿のように赤い人面の鹿(人間のようなアーモンド型の目〈瞳の色は赤〉、山羊のような耳、猪のように前身が発達した胴体、カモシカのように長い体毛〈毛色は脚と尾および頭頂部から背面にかけては薄茶色、顔面の下から腹部にかけては白〉、小さな犬のような尾、3つの蹄のある鳥のような脚といった、無数の動物の様態〈角は植物で出来ている〉を持つ)のような生き物で、水面を浮いて歩く。地面では歩く度、足下で植物が一斉に成長しては枯れる。
夜の姿は頭と背中に無数のとげのようなものがついたディダラボッチで、独特の黒い模様と半透明な体を持つ。身長十数mの巨人。体内で青い光を放ちながら、夜の森を徘徊し、森を育てている。
まとめ
「獅子」の意味や語源、用例などについて、深掘りしてみました。日本古来の「鹿や猪などの大型獣の総称としてのシシ」から、唐獅子の伝承、唐獅子と狛犬の関係性、民族芸能としての獅子舞・獅子頭など、単純に「獅子=ライオン」では尽くせない物語があることがわかりました。
興味深いですよ!「獅子」。