今回の「生き物にまつわる言葉を深掘り」のテーマは、「鼈甲」です。
かんざしなどの工芸品(鼈甲細工)として、認識していますが、縁日の屋台の鉄板上で製造され、割りばしが各々つけられ販売されている「鼈甲飴」などといった、鼈甲のという言葉の用例にも、興味があります。
「鼈甲」の意味や由来・語源、鼈甲が冠される名詞など「言葉としての鼈甲の用例」について、深掘りリサーチし、その結果を以下の目次に沿ってまとめました。
鼈甲とは
鼈甲(べっこう)は、温かい海に生息する玳瑁(タイマイ)という海亀の甲羅から作られる製品のことです。
タイマイの甲羅は、独特の模様と光沢を持ち、古くから装飾品や工芸品に使われてきました。
鼈甲(べっこう、べっ甲)は、熱帯に棲むウミガメの一種・タイマイの甲羅の加工品で、背と腹の甲を構成する最外層の角質からなる鱗板を10枚程度に剥がして得られる。色は半透明で、赤みを帯びた黄色に濃褐色の斑点がある。
日本では黄色の部分が多いほど価値が高く、西洋では褐色部分が多いほど価値が高い。
工芸品の素材に使われる。
希少価値のほか、プラスチックとは異なる軽い質感を求めて鼈甲製品を購入する客層は厚い。
南洋諸島の鼈甲祭器
ウミガメ「玳瑁(タイマイ)」について
その美しい甲羅が鼈甲として珍重されてきた「玳瑁(タイマイ)」について以下で解説します。
タイマイの名前と分類
玳瑁(タイマイ)は、その美しい甲羅が鼈甲として珍重されてきたウミガメの一種です。
学名はEretmochelys imbricataで、ウミガメ科タイマイ属に属します。
属名であるEretmochelysは、ギリシャ語の「eretmos(オール)」と「chelys(カメ)」に由来し、オールのような形をした前脚(フリッパー)を持つことに由来しています。
種小名のimbricataは、ラテン語で「瓦のように重なり合う」という意味で、甲羅の形状を表しています。
タイマイ(玳瑁、瑇瑁、Eretmochelys imbricata)は、爬虫綱カメ目ウミガメ科タイマイ属に分類されるカメ。本種のみでタイマイ属を構成する。
分布:インド洋、大西洋、太平洋
主要な繁殖地としてインドネシア、セーシェル、モルディブ、西インド諸島などがある。ウミガメ科他種のように集中した産卵地がなく、広域で散発的に産卵する。
日本では、奄美諸島以南の南西諸島で少数が産卵する。
タイマイの特徴
- 甲羅:黄色を基調とし、黒褐色の斑紋が入る美しい模様が特徴です。
甲羅の鱗板は、若いうちは敷石状に並んでいるが、成長とともに瓦状に重なり合うようになります。 - 吻:鋭く尖ったクチバシ状の吻(ふん)を持ち、サンゴ礁の隙間などに生息するカイメン類などを捕食するのに適しています。
- 分布:太平洋、インド洋、大西洋の熱帯・亜熱帯の海域に広く分布しています。日本では、南西諸島の一部で産卵が見られます。
タイマイの名前の由来
玳瑁(タイマイ):
- 中国語では、「玳瑁」と表記されます。
- 日本語の「タイマイ」は、中国語の「玳瑁」の音読みです。
「玳瑁」の語源と意味について
「玳瑁」という漢字は、その字そのものに「美しい甲羅」という意味は含まれていません。むしろ、この言葉は、タイマイというウミガメの甲羅そのものを指す固有名詞として歴史的に定着したものです。
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「玳」の本来の意味: 「玳」という字は、一般的に「玳瑁(たいまい)」という複合語の一部として用いられ、タイマイの甲羅を指す言葉として定着しました。
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「玳瑁」の意味: 「玳瑁」は、タイマイというウミガメの甲羅を指す言葉です。
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「瑁」の意味: 「玳瑁」のもう一方の字である「瑁」は、甲羅や硬い殻を持つ生き物を表す言葉として用いられます。
「玳瑁」は、タイマイの甲羅という、独特の美しさと硬さを併せ持つ素材を表す言葉として生まれたのです。
タイマイの生態
- 食性:主にサンゴ礁に生息するカイメン類を食べるほか、甲殻類や軟体動物なども食べます。
- 繁殖:産卵は主に夜に行われ、砂浜に穴を掘って卵を産みます。
- 生息環境:サンゴ礁が発達した浅海域を好みます。
タイマイの保護の状況
ワシントン条約:鼈甲の原料となるため、乱獲され、絶滅の危機に瀕しています。ワシントン条約附属書Iに掲載されており、国際的な取引が厳しく規制されています。
絶滅危惧種:IUCNレッドリストでは絶滅危惧IA類に分類されており、最も絶滅の危険性が高い種の一つです。
鼈甲との関係
- 鼈甲:タイマイの甲羅は、古くから装飾品や工芸品に使用されてきた鼈甲の原料として珍重されてきました。その美しい模様と光沢は、高級品として扱われてきました。
- 乱獲:鼈甲の需要が高まるにつれて、タイマイは乱獲され、個体数が激減しました。
- 代替品:現在では、ワシントン条約により鼈甲の国際取引が規制されているため、セルロイドやプラスチックなどの代替品が使用されることが多くなっています。
玳瑁(タイマイ)は、その美しい甲羅が鼈甲として珍重されてきたウミガメです。
しかし、乱獲により絶滅の危機に瀕しており、国際的な保護活動が行われています。
私たち人間は、この美しい生物を未来の世代に残すために、その保護に協力していく必要があります。
鼈甲の由来と語源
- 鼈(べっ):スッポンのこと。
- 甲(こう):カメの甲羅。
つまり、鼈甲の元々の意味は「スッポンの甲羅」という意味です。
語義:
・鼈甲
「鼈」とはスッポンのことである。「鼈甲」も本来はスッポンの甲のことで、タイマイの甲の意味は国訓である。本来の鼈甲すなわちスッポンの甲は、「土鼈甲」(どべっこう)ともいい、漢方薬に使われる。スッポンの甲は上層の鱗板を欠き下層の甲板のみからなるため、実は(タイマイの)鼈甲に相同な部分ではない。
・tortoiseshell
英語のtortoiseshellは、字義どおりには「陸亀(tortoise)の甲(shell)」であり、ウミガメのタイマイを意味する語素を含まないが、タイマイの甲でつくられた(日本語での)「鼈甲」を特定的に意味する。また、錆び猫の意味もある。
中国と日本の「鼈甲」と「玳瑁」
中国と日本における「鼈甲」と「玳瑁」の呼び名、そしてその歴史的な背景について、詳しく解説します。
1. 中国における「玳瑁」と「鼈甲」
- 玳瑁(ダイマイ): 中国では、ウミガメの甲羅(特にタイマイの甲羅)を指します。工芸品の材料として使用されることが多く、特に装飾品や工芸品に利用されます。
- 鼈甲(ビエンジャオ): スッポンの甲羅を指し、工芸品として使用されることは少ないです。主に食材や中医学の材料として利用されます。
2. 日本における「タイマイの甲を材料とした工芸品」の呼称の変遷
日本に「タイマイの甲を材料とした工芸品」が伝わったのは、奈良時代(8世紀頃)以前の可能性(飛鳥時代ごろ)があります。奈良時代(8世紀頃)には、特に中国や朝鮮半島からの影響を受けて、多様な工芸品が日本に伝来しました。
古い工芸品の存在
正倉院の宝物よりも古い時代に、タイマイの甲を用いた工芸品が存在したかどうかは明確ではありませんが、奈良時代以前の古墳時代や飛鳥時代にも、装飾品として使用されていた可能性があります。
初期の呼称
当初、日本で「タイマイの甲を材料とした工芸品」は「玳瑁」と呼ばれていたと考えられています。この名称は、中国の影響を受けたもので、タイマイの甲を指す言葉として広く使われていました。
正倉院の記録
正倉院には「鼈甲」として記載された工芸品があり、これはタイマイの甲を指しています。正倉院の宝物は、8世紀に収集されたものであり、当時の工芸技術や商業的な流通の様子を反映しています。
「タイマイの甲を材料とした工芸品」の呼称の変遷の要点は以下です。
- 伝来時期: 奈良時代(8世紀頃)以前の可能性(飛鳥時代ごろ)
- 初期の呼称: 「玳瑁」
- 正倉院の記録: 「鼈甲」として記載されている工芸品が存在する。
このように、タイマイの甲を用いた工芸品の歴史は深く、名称や用途が時代とともに変遷してきたことがわかります。
タイマイの甲で作られた工芸品は、伝来初期に「玳瑁」として知られていたものの、正倉院の記録に見られるように、早い段階から「鼈甲」という名称も使用されていた可能性があります。このため、名称の使用は時代や文脈によって変化していると考えるのが妥当です。
江戸時代以降、特に商業活動が活発になるにつれて、「鼈甲」という名称が広まり、タイマイの甲を指すことが一般的になりました。
3. 「鼈甲」と呼ばれるようになった背景
- 誤解や混同: 日本で「タイマイの甲を材料とした工芸品」を「鼈甲」と呼ぶようになったのは、誤解や混同が影響していると考えられます。
特に、スッポンの甲とタイマイの甲が異なるにもかかわらず、同じく「甲」として扱われたことが一因です。 - 商業的要因: 商業的な側面も影響しています。タイマイの甲は高価であり、価値のある材料として流通していたため、商業的な目的で「鼈甲」として流通させることがあったかもしれません。これにより、タイマイの高価な甲羅が「鼈甲」として扱われることがありました。
なぜ「鼈甲」と偽って販売したのか?
- 高価格で販売: タイマイの甲は高価であったため、スッポンの甲を「鼈甲」と偽って販売することで、高価格で売ることができました。
- 規制の回避: 贅沢品に対する規制を回避するため、タイマイ製品であることを隠す必要がありました。
- 需要に応える: タイマイ製品の需要が高かったため、スッポンの甲を代用品として提供することで、その需要に応えようとしたと考えられます。
中国と日本における「鼈甲」と「玳瑁」の呼称は、文化的な背景や商業的な要因によって複雑に絡み合っています。
17世紀以降、長崎に貿易で唐船やオランダ船から鼈甲の材料と加工技術が伝来したことで国内生産が始まり、「長崎べっ甲」が生まれた。大阪から江戸にも伝わり、今日では三大産地として「長崎べっ甲」「なにわべっ甲」「江戸べっ甲」があります。
日本では、誤解・混同や商業的な都合から「タイマイの甲」が「鼈甲」と呼ばれるのが一般化す、その結果、両者「タイマイの甲」と「鼈甲」との区別が曖昧になっていったのです。
「鼈甲」という言葉は、日本においてはタイマイの甲羅を指す言葉として定着しており、スッポンの甲羅を指す言葉として用いられることはありません。
鼈甲が冠される名詞
鼈甲櫛:
髪をとかす櫛の一種。
鼈甲眼鏡:
眼鏡のフレーム。
鼈甲細工:
鼈甲を用いた細工物全般。
中国でタイマイの甲を材料とした工芸品は「玳瑁(dàimào)」と呼ばれ、(スッポンの甲の意味の「鼈甲(biē jiǎ)」とは区別されています。
したがって、中国においてタイマイの甲を使用した工芸品を「鼈甲工芸」と呼ぶことはありません。
鼈甲細工
鼈甲を加工して作る鼈甲細工の歴史はかなり古く、中国で生み出された技術で6世紀末頃から製作されている。
日本には飛鳥時代頃に伝来し正倉院にも収められている。
17世紀以降、長崎に貿易で唐船やオランダ船から鼈甲の材料と加工技術が伝来したことで国内生産が始まり、「長崎べっ甲」が生まれた。
大阪から江戸にも伝わり、今日では三大産地として「長崎べっ甲」「なにわべっ甲」「江戸べっ甲」がある。
鼈甲飴:
鼈甲のような模様が入った飴。
まとめ
鼈甲は、自然の美しさをそのまま生かした素材として、古くから人々に愛されてきました。しかし、ワシントン条約などにより、その入手が困難になっている現状があります。鼈甲製品を選ぶ際には、その歴史や背景、そして動物保護の観点からも、慎重に検討することが大切です。
鼈甲は、その美しさだけでなく、保温性や弾力性など、優れた特性も持っています。
鼈甲の模様は、古来より縁起の良いものとされ、魔除けの意味を持つともいわれています。
近年では、鼈甲の美しさを再現した人工素材も開発されています。
興味深いですよ!「鼈甲」。