このシリーズの初回、私たちは「タイ」の名を借りた多くの魚たちの物語を覗きました。
実は、日本の食卓にはもう一つ、巨大なブランド名に隠れて正体を消しているヒーローがいます。
それが、「カジキマグロ」です。
スーパーの鮮魚コーナーで見かけるこの名前。しかし、魚類図鑑のどこを探しても、実はこの名前の魚は見当たりません。
1. 存在しない魚「カジキマグロ」
まず驚くべき事実は、生物学的に「カジキマグロ」という種は存在しないということです。
世の中にいるのは「カジキ」であり、あるいは「マグロ」です。
カジキは「カジキ目」、マグロは「サバ目」。この両者は、陸上の動物でいえば「ライオンと馬」くらい遠い親戚であり、本来は一緒にされるはずのない生き物なのです。
では、なぜ彼らは「マグロ」という看板を背負わされることになったのでしょうか。
2. 「あやかり」が生んだマーケティング名
導入編後の第一弾の「タイ」の際、見た目や味が似ているだけで「〇〇ダイ」と名付けられた魚たちがたくさんいました。カジキマグロも、その構造は同じです。
かつて遠洋漁業が盛んになった頃、マグロ漁の網には巨大なカジキもしばしば掛かりました。
その身がマグロと同じように赤身やピンク色で、刺身やステーキにしても絶品だったことから、「マグロの仲間ですよ」と紹介した方が消費者に親しまれ、価値も安定した……という、当時の流通上の戦略がこの名前を生んだのです。
いわば、カジキは「マグロ」という最強ブランドの威光を借りてお茶の間に浸透していった、究極の「あやかり名」なのです。
3. 「カジキマグロ」という大きな袋
実は「カジキマグロ」という名前の袋の中には、全くキャラクターの違う複数の魚たちが放り込まれています。
- メカジキ(目梶木): 文字通り巨大な「目(メ)」を持ち、深海の冷たさに耐えるヒーター(発熱組織)を備えたハイスペックな一匹狼。脂がのっており、照り焼きやフライに最高です。
- マカジキ(真梶木): カジキ類の中で最高級とされ、江戸時代から「これこそが真のカジキ」と崇められてきた主役。鮮やかなオレンジ色の身は、刺身で食べると本家マグロを凌ぐほど美味と言われます。
- バショウカジキ: 巨大な背びれが「芭蕉(ばしょう)」の葉に見えることから名付けられた、時速100kmを超える海最速のスピードスター。
これほど個性豊かな面々が、すべて「マグロ」という一つのブランド名で一括りにされているのは、少し勿体ない気もしてしまいます。
4. 船をも貫く「梶木通し」のプライド
そもそも「カジキ(梶木)」という名前そのものが、彼らの恐るべき実力を物語っています。
語源は、船の底や側面を形作る厚い板である「梶木板(かじきいた)」から。その鋭い吻(ふん:ツノのような部分)で、船の強固な板さえも突き通してしまう「舵木通し(かじきどおし)」と呼ばれたのが、略されて「カジキ」になったといわれています。
彼らは誰かの代役を演じるような存在ではなく、自らの剣で大海原を切り開く、海中最強の「剣士」なのです。
まとめ:ブランドという名のカーテン
導入編後の第一弾の「タイ」も、今回の「カジキマグロ」も、私たちがその魚の「真実の姿」を見る前に、「高級で美味しいブランド名」というカーテンを一枚挟んで世界を見ていることを教えてくれます。
「カジキマグロ」という名前のカーテンをそっと開けてみれば、そこにはマグロの親戚などではなく、独自の進化を遂げ、時には船をも脅かした誇り高き「剣士」たちの姿が隠れているのです。
次にスーパーでその切り身を見かけたときは、「マグロの仲間」としてではなく、大海原を駆ける「目梶木」や「真梶木」としての彼らに、心の中で敬意を表してみてはいかがでしょうか。
興味深いですよ!「名と実がズレてしまった生き物たち」。
次回も お楽しみに!


