春が近づくと、街中に溢れる鮮やかな黄色い花。
私たちはそれを「ミモザ」と呼び、あるいは「アカシア」と呼びます。
「生き物にまつわる言葉を深掘り」では、過去に以下の記事をアップしてあります。
この過去記事でもふれたように、このアカシアの名の裏側には、世界規模で起きた「名前の取り違え事件」が隠されているをご存知でしょうか。
なぜ、ある植物は自分ではない名前で呼ばれ、またある植物は「ニセモノ」という不名誉なレッテルを貼られてしまったのか。その複雑な糸を解き明かしてみましょう。
1. 「ミモザ」を名乗る潜入者
まず、私たちが「ミモザ」と呼んでいるあの黄色い花。
実は、彼の本名は「フサアカシア」や「ギンヨウアカシア」であり、分類上は「アカシア属」の植物です。
では、真の「ミモザ(Mimosa属)」は誰かといえば、それは「オジギソウ」のこと。
かつてヨーロッパの植物学者が、アカシアの葉の形がオジギソウにそっくりだったことから、あろうことかアカシアを「ミモザ」という俗称で紹介してしまいました。
これがイギリスやフランスの市場で定着し、そのまま日本へも「ミモザ(という名のアカシア)」として輸入されてしまったのです。
つまり、私たちが「ミモザ」と呼ぶとき、実は「(葉が)オジギソウに似た別の木」を呼んでいることになります。
2. 「ニセ」の烙印を押された先駆者
このミステリーをさらにややこしくしているのが、日本で古くから「アカシア」と呼ばれてきた街路樹の存在です。
明治時代、北米から日本に「アカシア」という名で真っ先に導入された木がありました。白い花を咲かせ、歌謡曲や文学にも登場するあの木です。
しかし、後に本物のアカシア(黄色い花のグループ)が日本に入ってくると、先にいた彼は「本物のアカシアではない」ことが発覚してしまいます。
その結果、彼は「ハリエンジュ」という本名があるにもかかわらず、「ニセアカシア」という、なんとも残酷な通称で呼ばれることになったのです。
先に日本にやってきて、「アカシア」として愛されていたのに、後から来た(勘違いから命名された)本物のせいで「ニセ」にされてしまう。言葉の歴史がもたらした、切ない逆転劇です。
「アカシア蜂蜜」として売られているもののほとんどが、実はあの白い花のニセアカシア(ハリエンジュ)から採れたものだというのに・・・。
3. 名前が引き起こした「色」の混乱
この伝言ゲームの結果、日本では非常に面白い逆転現象が起きています。
- 本物のアカシア:世間では「ミモザ」と呼ばれる。
- ニセアカシア:世間(特に文学や古い歌)では「アカシア」と呼ばれる。
北原白秋の詩や西田佐知子の『アカシアの雨がやむとき』に登場する「アカシア」は、実は白い花の「ニセアカシア」のこと。もし、これらを黄色い「ミモザ」だと思って読むと、風景が全く変わってしまいます。
まとめ:名前のズレが作る「文化の味わい」
植物学的に見れば、これらはすべて「誤用」や「混同」の積み重ねです。
しかし、もしこの混乱がなければ、「ニセアカシア」という風情ある(?)響きも、春を告げる「ミモザ」という魔法のような呼び名も、これほど日本人に親しまれることはなかったかもしれません。
「名は体を表す」と言いますが、時には「名が体を追い越し、新しいイメージを作り上げる」こともあります。
今回は「西洋からの誤解の輸入」という切り口で、アカシアとミモザを以下のように差別化しました。
- オジギソウ(ミモザ属):名前の貸し主
- フサアカシア(アカシア属):名前の借り主(世間でのミモザ)
- ハリエンジュ:名前を奪われ「ニセ」にされた悲劇の主人公
名前のねじれが生んだミステリー。次に黄色い花や白い並木道を見かけたときは、その「名前の履歴書」を思い浮かべてみてください。
そこには、国境や時代を超えて言葉が混ざり合った、ダイナミックな歴史が刻まれています。
興味深いですよ!「名と実がズレてしまった生き物たち」。
次回もお楽しみに!





